こんにちは。ユトリエの上杉です。
建設業に携わるようになって40数年が過ぎました。
RC建築物の監督から始まり、S造建築、木造建築と現場での沢山の事を学び経験させて頂き、今もなお現場における施工に対する向上の為の勉強をさせて頂いております。
私が今までに経験してきた思いを少し語ってみたいと思います。
今回は木造住宅に対して経験し感じた事を私なりに語ります。
私がこの建築業界に入ったのは昭和40年後半です。
そのころの木造住宅はまだ集成材を使った柱や梁がありませんでした。
構造材の主流が土台は檜、ひば、栗といった固くて腐りづらいもの、
柱は檜・杉・米栂、梁は松・米松が主に使用されていました。
一物の木材を使用されていましたが、乾燥の面であまり管理がされていなく
大工さんが加工時には水分の多い木材が普通に出回っていました。
木材は適切な水分が含まれていないと本来の丈夫さが保たれませんが、
必要以上の水分を含んでいると色々と支障が出ます。
だから大工さんの経験による技術が生かされ、
建前が完了後、内・外の壁を仕上げるまでに乾燥期間を必要としました。
また、土壁使用の構造が多かった為、建方完了後、3ヵ月~長いものでは1年以上、
構造材や土壁を現場で自然乾燥させ、構造材の収縮等の納まりを見て外壁、内壁の施工に入るといった、
机上の計算ではできない詳細な面を得て完成に至ります。
昨今の構造材は機械加工された集成材が多く使用されるため、
また構造材加工も機械加工による方法が進み、
私の知っている木を見る、木を活かす技術を持った大工職人が大変少なくなったと思います。
本来日本の建築文化である木造建築は日本の風土又国内の地域風土によって
使用材、施工技術等を持っていたように思われます。
例えば、九州地方では構造材の多くは杉材が使用され、近畿・中部では檜が多く使用されています。
又、雨の多い地方、積雪の多い地方、海辺の地方等、その地域によって耐久性の工夫がされた施工法がされています。
木造建築の奥の深さは語り切れない程ありますが、
今回は上記の話の構造物を支えている基礎のはなしをさせて頂きたかったのです。
皆さん、昔の家、昭和初期まで頃に建てられた家を見たことはあるとおもいますが、
昔の家には今でいう基礎はありませんでした。
建物の荷重が掛かる部分の土に栗石を敷き詰め突き固めし、束石の上に柱・土台を載せ、構造の支持部分を形成していました。
コンクリートを形成した基礎が一般住宅に定着してきたのは第二次世界大戦終戦後だと思います。
建物の耐久性や建物の廻りの環境整備に合わせて都市計画を進めていくにあたって住宅の構造施工の考え方も
一変されるようになり、現在の木造軸組構造を法制化し、それに対応する基礎造りがなされてきたと思います。
初期は布基礎が主でしたが、時代の流れが進むにつれて構造的・耐久的に研究されベタ基礎へと変わってきました。
No.2へつづく